広島高等裁判所 平成2年(行コ)4号 判決 1992年11月20日
広島市中区中町九番二五号八〇一
控訴人
国本清志
右訴訟代理人弁護士
宮内康浩
広島市中区上八丁堀三番一九号
被控訴人
広島東税務署長 米今喜作
右指定代理人
大西嘉彦
中原満幸
小野員義
戸田哲弘
米森英次
右当事者間の所得税更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が昭和五九年三月一二日付でした控訴人の昭和五五年分及び昭和五六年分所得税の各更正(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち、昭和五五年分につき所得金額八一二万三、八六〇円、税額一四九万七、八〇〇円を超える部分、昭和五六年分につき所得金額八四五万四、九三五円、税額一五三万一、一〇〇円を超える部分、並びに各過少申告加算税の賦課決定(ただし、いずれも審査裁決において一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二当事者の主張及び証拠関係
当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであり、証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりである。
一 控訴人
1 唯一の類似同業者による推計は許されない。
控訴人の経営するクラブソウルは、低料金で誰でも来店できるチケット制をとって始めためずらしい店であり、しかも韓国芸能人のショーを店内で見せるという点で全国でも極めてめずらしい店である。クラブソウルは、全国どこにでもある飲食店や、八百屋や魚屋ではない。極めて特殊な業種である。
このような極めて特殊な業種に対して、原則として、唯一の類似同業者との対比による推計課税は許されない。
2 仮に、唯一の類似同業者をもって推計課税をしようとするならば、守秘義務を理由とする「目隠し立証」を解くべきである。
通常の業種であれば、目隠し立証によっても、納税者側の攻撃に耐える数が保証されるから、類似同業者であるといえるのである。控訴人のような特殊の業種では、数の保証がないのであるから、目隠しを解いて類似同業者であることを立証すべきである。武器平等の原則からして、当然のことといえる。
3 推計課税が許されるのは、当該推計課税に合理性が肯定できる場合である。
推計課税の方法のうち、資産増減法は、課税庁側で採用しやすいか否かは別として、納税者の財産権の保障と課税の公平を考えれば、最も合理性がある。推計課税の正当性を根本で支えているものは、申告額からは考えられない納税者の資産の増加であり、これがあるからこそ推計課税が許される。
控訴人の資産の増額は、別紙資産負債一覧表(以下「一覧表」という。)のとおりである(ただし、定期預金残高<6>広島信用金庫銀山支店(福子)分五四〇万円は、控訴人の妻福子の記憶に基づく不正確なものであったので、次のとおり訂正する。右五四〇万円は、広島信用金庫銀山支店の国本幸子名義の普通預金口座と広島相互銀行銀山支店の国本貴之名義の定期預金口座に入金管理されていたものである。昭和五四年一二月三一日現在の残高は、前者が一一三万二、七二二円であり、後者が三〇〇万円であって、合計四一三万二、七二二円である。昭和五五年一二月三一日現在では、前者の残高が二〇二万八、〇一〇円となったが、後者は同年一〇月七日に解約されている。前者の口座も、昭和五六年一月一九日に解約され、新たに開設された広島信用金庫銀山支店の高岡順子名義の普通預金口座に入金された。右口座の昭和五六年一二月三一日現在の残高は、三六一万四、六八九円である。)。
これによると、控訴人の資産残高は、昭和五五年分については、約二〇〇万円ばかり増加し、昭和五六年分については約一、三〇〇万円の減少がみられる。
具体的には、昭和五五年の資産増加は、店内改装工事によって生じた一、六六七万円余りの資産価値の増大によるものであるが、負債もほぼ同額にわたって増加し、差し引き資産増加は約二〇〇万円にとどまっている。
昭和五六年は、資産全体については大きな変化がなかったが、手形貸付等の負債が増大したため、差し引き資産残高は大幅に落ち込んでいる。右負債は、控訴人が設立した太平洋観光株式会社の経営上の失敗から借入金等が増加したためである。当時、控訴人は、クラブソウルの経営のほかに太平洋観光株式会社(以下「太平洋観光」という。)も経営し、株式会社タイソウ観光(以下「タイソウ観光」という。)の経営にも参加していた。タイソウ観光はほとんど利益が上がらず、控訴人は、クラブソウルと太平洋観光から収入を得ていたが、太平洋観光は、実質的に控訴人の個人経営同然の会社であり、その資金繰りも、控訴人が個人名義で金融機関から借り入れ、太平洋観光の運転資金に注ぎ込んでいたものである。
右のとおり、本件各係争年度において、被控訴人の推計課税を正当化する実質的な資産の増加はなく、本件推計課税は合理性がない。
二 被控訴人
1 控訴人の主張1は争う。
推計に用いる同業者率は、同業者の個別性を平均化するに足りる類似同業者数が得られることが望ましいが、選定条件に合致する同業者が少なく、一件しか同業者がないような場合にも、選定条件に合致するほか、同業者の類似性について十分な裏付調査が行われ、かつ同業者に関して得られた資料が正確であれば、推計の合理性は肯定できる。
控訴人の事業形態の特殊性から、比準同業者として一同業者しか抽出できなかった本件においても、右一同業者との類似性が肯定され、資料も正確である等の事情に鑑みれば、それとの対比による売上高の推計も許されるというべきである。
2 控訴人の主張2は争う。
被控訴人は、職務上知りえた秘密を守ることが法令上義務付けられている(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条一項)から、同業者の住所、氏名を明らかにすることはできない。
住所、氏名を開示しない同業者から得られた酒倍率による推計方法をとると、控訴人において、同業者との間の営業規模、営業形態、立地条件等について反論する際に、ある程度の制限があることは否定できないが、控訴人において、同業者に関する資料の作成者に対する証人尋問により、作成手続の成否、同業者の実存性や資料の正確性等について確認し、また、別の推計方法を主張し、あるいは自らの所得を最もよく知る者として自己の帳簿書類等を提出するなどにより、容易に反証を提出することが可能であるから、同業者の住所、氏名を明らかにしないことによって、控訴人の反証の機会が奪われることはない。武器平等の原則に反するところはない。
3 控訴人の主張3は争う。
推計課税における推計方法としての資産負債増減法とは、当該年度の期末資産額と期首資産額との差額(当該年度の資産増加額)から当該年度の期末負債額と期首負債額との差額(当該年度の負債増加額)を控除して得られた金額(当該年度の純資産増加額)に、調整項目加算額として、生活費、家事関連費、租税公課、保険料等の所得の処分に相当する事由に係る金額を加え、調整項目減算額として、預金利息等の事業所得以外の所得に係る金額及び事業所得について必要経費とされ実質的に非課税部分に当たる事業専従者控除額を差し引く方法によって、事業所得を算出するものである。
要するに、当該年度の純資産の増加額と所得の処分に相当する額とは、当該年度の事業所得をもってこれに充てられたはずであるとの考え方を基礎とし、他にもこれに充てられたはずの事業所得以外の所得があればこれを差し引き、実質的に非課税となる金額も差し引いて修正する方式である。
右のような資産負債増減法は、通常の比率法により得ない場合の補充的な推計方法である。比率法による推計の合理性が肯認できる本件において、資産負債増減法による推計によらなければならない理由はない。
また、控訴人主張の資産負債増減法には、以下の問題点があり、採用できない。
(一) 現金について
控訴人は、ナイトクラブ業を営む者であり、収入のうち現金によるものが大部分をしめるのに一覧表にはその記載がない。
(二) 預金について
次の預金の計上がない。
(1) 広島信用金庫銀山支店の国本幸子名義の普通預金
昭和五四年一二月三一日現在 一一三万二、七二二円
昭和五五年一二月三一日現在 二〇二万八、〇一〇円
(2) 広島信用金庫銀山支店の高岡順子名義の普通預金
昭和五六年一二月三一日現在 三六一万四、六八九円
(3) 広島相互金庫銀山支店の国本貴之名義の定期預金
昭和五四年一二月三一日現在の残高 三〇〇万円
控訴人は、一覧表の定期預金残高<6>の広島信用金庫銀山支店の国本福子名義の定期預金五四〇万円が右(1)ないし(3)の預金の趣旨であった旨訂正しているが、名義が異なるし、普通預金と定期預金との違いもあり、右主張は不自然である。
(三) 太平洋観光に対する貸付金について
控訴人は、昭和五六年の負債の増加は太平洋観光の経営のために使用されたものである旨主張する。
しかし、太平洋観光は、控訴人と別の法人格をもつものであるから、控訴人個人が借り入れた資金を太平洋観光の運転資金に流用しているのであれば、控訴人の太平洋観光に対する貸付金として一覧表に記載すべきものである。右の負債を一覧表に記載しながら、貸付欄に記載をしないのは片手落ちである。
なお、一覧表の貸付欄記載の金額について、控訴人はタイソウ観光に対するものである旨供述している。タイソウ観光に対する貸付金を記載しながら、太平洋観光に対する貸付金を記載しないのは不自然である。
(四) 売掛金について
昭和五四年、昭和五五年、昭和五六年の各年末の売掛残高がいずれも五〇〇万円となっている。端数がついていないのは不自然であり、その算出根拠もあいまいであり、右金額の信用性は乏しい。
(五) 出資金について
(1) タイソウ観光に対する出資金
控訴人は、一覧表の昭和五六年一二月三一日現在の出資金二五万円はタイソウ観光に対する出資金である旨主張する。
しかし、タイソウ観光の設立時の出資金が五〇万円であったことは控訴人が本人尋問において認めており、その後も昭和五五年一月二四日に増資がされており、追加出資の事実を控訴人も認めている。
したがって、一覧表の出資金欄の記載は真実に反している。
(2) 太平洋観光に対する出資金
太平洋観光の資本額は一、〇〇〇万円である。控訴人の出資金も存在するはずであるが、その記載がない。
(六) 調整項目による加減算について
控訴人主張の一覧表には、調整項目加算額及び調整項目減算額が加味されていない。
以上のとおり、控訴人主張の一覧表は、期首と期末の資産及び負債の各科目の金額並びに調整項目加算額及び調整項目減算額が正確に算定されていないし、合理的に評価されていないから、控訴人の事業所得の推計方法として採用できるものではない。
理由
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求はこれを失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり加えるほか原判決理由説示のとおりである。
1 原判決の訂正
(一) 原判決二〇枚目裏二行目の「オード代」を「オードブル代」に改める。
(二) 原判決二四枚目裏六行目の「証拠はない。」の次に「控訴人は、当審において、自家消費分が多かった趣旨の供述をするが、右供述をもって、酒類の仕入金額から自家消費分を控除しない取扱いが許されないほどのものであった、との心証を得ることはできない。」
(三) 原判決二五枚目裏七行目の末尾に「また、酒倍率を用いて売上金額を算定するに当たり、酒等の仕入金額からジュース等の仕入金額を控除して別途計算しなければ推計の合理性が担保されないほどジュース等の仕入金額が多いとか、利益率が異なるといった事情は認められない。」を加える。
(四) 原判決二六枚目裏八行目の「一般経費」から同九行目の「明らかである」までを「昭和五五年及び昭和五六年の一般経費についてホステスの給与を過少申告していたことを認めるに足りる客観的な証拠はない」に改める。
(五) 原判決二七枚目裏六行目の「採用できない。」を「採用できないし、控訴人主張の本人率による推計が被控訴人主張の同業者率による推計より合理的であると認めるに足りる証拠はない。」に改める。
2 控訴人の当審における主張に対する判断
(一) 控訴人は、控訴人の事業の特殊性から唯一の類似同業者による推計課税は許されない旨主張する。
しかし、比準同業者が一件であっても、控訴人と同業者との類似性について立証があれば、右比準同業者による推計の合理性が認められると解すべきであり、控訴人と比準同業者との類似性が認められること及び比準同業者との類似性を否定する控訴人主張のいわゆる特殊事情が肯定できないことは、原判決説示のとおりであるから、控訴人の右主張は理由がない。
(二) 控訴人は、唯一の同業者をもって推計課税をしようとするならば、守秘義務による「目隠しの立証」を解くべきである旨主張する。
しかし、被控訴人は、守秘義務を負っており(所得税法二四三条)、同業者の住所、氏名等を明らかにできないところであるが、代わりに同業者の類似性について裏付調査を行った大土井秀樹を証人として申請し、これを尋問しているから、控訴人は、右証人の反対尋問の機会を与えられ、右類似性の有無について追求することができたのであり、自らの内部資料等により類似性について反証を行うことや、更にはいわゆる実額の主張を行うことによって、推計の合理性、許容性を争うことはできたのであって、比準同業者が一件であるからといって住所、氏名を開示しない立証が許されないとする理由はなく、武器平等の原則に反するところはない。
(三) 控訴人は、推計課税が許されるのは、納税者の資産の増加が認められて、推計された所得額に正当性がある場合に限られるところ、控訴人の資産の増減は、一覧表のとおりであって、本件推計が合理的であることを肯定するだけの資産の増加はない旨主張する。
しかし、納税者の資産の増加が認められなければ、推計の合理性がなく、推計課税が許されない、とすべき理由はなく、控訴人の右主張は、その前提を欠き、主張自体失当である。
のみならず、控訴人主張による一覧表が控訴人の資産負債の増減を正確にあらわしていると認めることもできない。
すなわち、資産のうち、実質的に控訴人に帰属する預金額が一覧表記載のものに限られることを客観的に裏付ける証拠はなく、売掛金が毎年五〇〇万円であることを認めるに足りる具体的な証拠もなく、出資金が昭和五六年一二月三一日の時点で二五万円しかないことの事情を明らかにする証拠もなく(控訴人が太平洋観光の経営者であり、タイソウ観光の経営に参加していたことは自認するところであり、太平洋観光もタイソウ観光も昭和四八年に設立された会社であり(甲第一九、二〇号証)、その出資金の取扱いがどのようになっていたかは、控訴人の供述では明確ではない。)、貸付金の存否、その内訳も不明である。また、負債についても、その増加の理由が太平洋観光の資金繰りのため控訴人個人で借入れをしたことにある旨主張しているが、太平洋観光と控訴人との間の金銭の流れ及びその処理が明らかでなく(控訴人主張のような事情があれば、本来、控訴人の太平洋観光に対する貸付金として資産計上されるべきものと考えられる。)、一覧表の記載の正確性に疑問がある。更に、被控訴人が指摘する調整項目としての加算、減算がなされていない。
したがって、控訴人の資産の増減が一覧表のとおりであるとの心証は得られない。
控訴人の前記主張も失当である。
二 以上の次第で、控訴人の本訴請求はこれを失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠清 裁判官 小林正明 裁判官 渡邉了造)
資産負債一覧表
<省略>